ふーぅ。週末。休み明けの一週間、いろんな面できつかった。
仕事で紛らわせていたのかなぁ・・
世界のいろいろのこと。もう最近のいろいろのニュースは重すぎて、もうね・・
心が小さな悲鳴をあげていた。
「もう見たくないよ」って正直、思ってたのかな。
今、コーラ杯を飲みながら、SUPER BEAVERの「人生」を聴いてました。
テンションが高めのアルバムであんまり聴いてなかったんだけど、今日はめっちゃ胸にきました。
「くそくらえ。理不尽。」
アルバム全体にそういう強いメッセージ性があって・・
この強いメッセージが心地よかった。
ほんとに「くそくらえ」だよ。最近の世界。
「まっすぐ」「正しく」「誠実に」
そうSUPER BEAVERが叫んでくれて、心地よかった。
「奇跡に頼るもんかよ」
そうだよね。日和見的に、眺めてる場合じゃない。
もう、崩壊は足元まで迫っている。
でも「正義」はこうしてこの世界で見過ごされ、かき消され、「死語」になっていくのだろうか。
正義を高らかに叫んでくれるビーバーは私の味方だよ。
なんだろ。この生ぬるい雰囲気。
テンション上げて、もっと正義を叫んでほしいよ。
それでも人は、自分の「生活の範囲」から出ようとしない。
「自分と家族。友達」
それ以外は、感知するものではない。そんな空気。
それに違和感を感じて、気持ち悪い。
こんな風に感じてるの、私だけじゃないよね。
今日はビーバーに救われた。
真実をみつめる「まなざし」に救われた。
本当のことをみつめるのは、太陽をみつめるようなもの。
まぶしくて、目を逸らしたくなる。
それはきっと、痛みを伴うもの。
90年代の「警告」がどんどん現実になっていく。
「このままだと人類は・・・」というさまざまな警告は、杞憂ではなかった。
でもこうして実際にevil・・「邪悪なるもの」「理不尽」がはびこっていくと・・
こんなにもしんどいんだね。
こんなフィーリングを覚えるんだね。
ひとつの正義の敗北が、連鎖して次なる敗北をもたらす。そんな時代。
「強く優しくなりたい」
「信じる以外に希望はない」
ビーバーが歌うように、そういう内面の叫びにしか期待はできないのかもしれない。
この世界の舵は人間が握っていると、信じたい。
でもきっと希望はある。まだ間に合う。
行き過ぎた時代の振り子が戻ってくることを、願います。
「希望は最後に死ぬ」
この言葉を抱きしめて。
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