先月「pink rose」という曲を配信リリースしました。
で、偶然にも数日前、部屋にあるピンクのミニバラが咲きました✨
可愛い💗
真冬に咲いたピンクの小さなバラ。その生命力と美しさ✨
毎日、癒されてます。
「pink rose」という曲はだいぶ前にかいた曲なんだけど、
アレサ・フランクリンの「natural woman」みたいな曲がかきたいなって思ってかいたんだよね。
「愛される優しい気持ち」みたいな、女性らしい優しいフィーリングの曲がかきたくてできた曲。
いい曲だなぁって思って聴いてます。自分の曲だけど。
かいた当初は、ちょっと聴くのが恥ずかしかった。ストレートすぎてラブソングすぎて。
ライブで歌うときとかも、どこか気恥ずかしかった。
でも今はそれがいいなと思う。
けっこう最近になって、自分の曲を客観的に聴けるようになった。
今は自分の音楽と距離があって、ちゃんと「わかる」ようになったというか。
自分のなかにあるものを音にするって「物凄いことだな」って曲をかく前、思っていたけど、今も「物凄いこと」だと思う。
目に見えない自分のなかの感情、フィーリング、場合によっては無意識の領域にあるものが音になって出てくる。今だに「すごいな」と思う。
愛とか恋は私にとって「聖域」にあるものなんだけど、「pink rose」もそういう場所で鳴っている曲。
人を愛するって刹那的なのか普遍的なのかわからないけど、この曲は自分のなかの普遍的な感情を捉えた曲。
恋は終わっていくもの。いつか消えていくもの。
でもそこに「愛」を感じるとき、やっぱりそこには「永遠性」のようなものがあるのだと思う。私にとって「愛する」って「永遠」ってことなんだよね。
人を愛するっていうより、「愛という領域」に足を踏み入れる、というか。
だからその人を忘れても「愛した」ことは消えないというか・・きっと自分のなかで永遠に刻まれていくものだと思う。そうした記憶が曲につながる。
これは恋愛に限らず、ね。「愛する」という感情はきっとそういうもの。
たとえ片想いであっても、ものすごい感情が生まれるのが恋だし、「愛の領域」に入ったことはきっと消えない。
だから愛するとは刹那であり、永遠。
そして刹那の感情を永遠にしてしまうのがアートだと思う。
これは前世の記憶がつくらせているのかな?って感じるラブソングもある。
自分の魂のひだに愛した記憶が織り込まれていて、私は曲をかくのだと思う。
もしかしたら、前世の恋人がくれた曲もあるかもしれない。
とにかく、私にとって曲をかくのは不思議なことです。
自分の魂の知らない場所にアクセスするような感覚になります。
そしてそれが、とても深くから私を救ってくれる。
最近も一曲かいたんだけど、すごく救われました。「優しい自分」を取り戻せました。
一生、曲はかきたいし、きっとかいていくんだと思う。
そしてそれをできればちゃんと形にしたいです。
「pink rose」よかったら聴いてみてください💗
写真は部屋で咲いたピンクのバラです💗
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